Homo rehabilis【10】自分を探す:微生物=情報の海を超えて
この地球という惑星には、概算して一〇の三〇乗(一〇〇
「微生物は地球上の養分循環を牛耳っており、植物や動物の数やその分布を調整している」(『生物界をつくった微生物』ニコラス・マネー/小川真訳/築地書館 2015/p. 107.)
微生物やウイルスは大氣や水、土壌のなかだけではなく、ヒトやその他の動物、植物などのからだをも含むあらゆる環境に存在している。彼らの一部は、僕たちヒトの日常的な想像力の範囲をはるかに超えた、おおよそ生命の存在できそうもない過酷な極限環境にも適応していて、例えば、デイノコッカス・ラディオデュランス(Deinococcus radiodurans)という細菌は極度の高・低温、酸への
その仮説の提唱者、カリフォルニア工科大学地質惑星科学部門のジョセフ・カーシュヴィンク教授(Joseph L. Kirschvink, 1953-)は、『火星、パンスペルミア、そして生命の起源――すべてはどこで始まったのか?』(Kirschvink and Weiss, 2002)と題した共著の論考において、火星起源隕石ALH84001が大氣圏突入した際に内部は一度も摂氏四〇℃を上回らなかったことや、細菌の胞子が宇宙空間で五年以上生存できること、惑星からの脱出と着地の際に隕石の被る衝撃にも細菌は耐えうること、火星から地球への岩石の移動が十分短い時間でおこりうること等の資料を並べ、微生物の宇宙旅行が空想ではなく「現実味を帯びてきた」と記す。さらには、酸化還元電位の観点から二つの惑星を仔細に比較した結論として、こうした「証拠のすべては、初期火星が初期地球に比べて、生物が利用できるエネルギーに満ちていて、おそらく生命の発生により適していたことを額面通り示している。これらを踏まえて、筆者らはあえて読者諸氏のことを、あの赤い惑星から宇宙旅行してきた微生物の子孫と呼ばせてもらう次第である」(磯﨑行雄訳)と締めくくった。
パンスペルミアとは古代ギリシャ語で「すべての種 παν (pan) + σπερμα (sperma) + ια」を意味し、地球上の生命の起源を外宇宙にもとめる仮説の総称として用いられている。近年の遺伝情報解析によって明らかになってきたのは、眼に見えない微生物たちがこの地球という惑星を覆いつくしている現実であり、自然界における生物の圧倒的多数は微生物だ。地球上に存在する生物の分類法で現在主流とされているのは「三ドメイン説」で、生物を「細菌 Bacteria」「古細菌 Archaea」「真核生物 Eukaryota」という三つのドメインに大きく振り分けている。細菌と古細菌はともに細胞核をもたない「原核生物 Prokaryota」であり、その他の細胞核をもつ生き物すべてが「真核生物」に分類される。より大胆に生物全体を「バクテリア」と「アーキア」とに大別する「二ドメイン説」によれば、ヒトを含む真核生物(プロカリオータ)は古細菌(アーキア)のサブドメインに位置し、すべての生物は新旧いずれかの微生物の傍系、ということになる。万物の霊長と呼ぶべきは微生物であり、彼らはいまもこの星を大きく動かしているのだ。
僕たちヒトは、火星、もしくは宇宙のどこかから隕石に乗って飛来した微生物の末裔であり、漫画家の萩尾望都(Moto Hagio, 1949-)さんがSF作品『バルバラ異界』に描いてみせたように、遠い祖先の遥か彼方の記憶をからだの奥深くに宿している可能性も、少なからず現実味を帯びてきている。ヒトの細胞に格納されたDNAの約九八%は未知の領域で、そこには残りの約二%にあたる遺伝子(タンパク質の設計図がコードされた部分)とは異なる様々な情報が記録されていると言われ、線虫は後天的な学習行動(いわば、記憶の一種)をRNAを介して四世代先の子孫にまで遺伝させているとの報告(Moore et al., 2019)や、一グラムのDNAに十億テラバイトのデータを保存できるという研究(Church et al., 2012)等と合わせて推察するなら、空想と科学の境界を正しく線引きするのはそれほど容易な問題ではない。
ヴァイロセル概念
細胞をもたず、自力で増殖することのできないウイルスは「非生物」と考えるのが一般的だが、これは「生命=細胞」という学術的定義における表現(そして認識)の限界に過ぎない。現代科学は非生物であるはずのウイルスが、動植物や細菌などと「共生」していることを明らかにしだした。ヒトの腸内細菌には多数の細菌ウイルス(ファージ bacteriophage)が共生している。ウイルスは病原体として知られる姿だけではなく、ヒトゲノムの中にもヒト内在性レトロウイルス(HERV)として存在しており、ヒトの生存に不可欠な役割を果たしている、と云う(「ウイルスの世界に生きる人間」山内一也/『現代思想 vol.44-11 微生物の世界』/青土社 2016/pp. 8-9.)。
あるいはまた、フランスの進化生物学者パトリック・フォルテール博士(Patrick Forterre, 1949-)のように、ウイルスを生命に含めて考えるべきとの主張をもつ科学者もいる。ウイルスの粒子はタンパク質の殻であるカプシド(capsid)と、その内部に格納されている核酸(DNAもしくはRNA)からなる構造体で、種類によってはさらに、エンヴェロープという脂質と糖タンパクの膜に覆われている。氏はこの粒子を、ウイルスの本体ではなく種や胞子のようなものであると考え、
感染される側にとってのウイルスは、おおよそ異物以外の何者でもなく思える。けれども、ウイルスの主観からすると細胞に感染した状態こそが真の自分であり、宿主となる細胞生命体は「自己を再生するための情報端末」のようなものに感じられるのかも知れない。さらにもし、人体と共生しているのだと云うファージやヒト内在性レトロウイルスにもヴァイロセルとしての主観があるのだとすれば、自己/非自己の境界線は予想を遥かに上回る複雑さに包み込まれてしまう。自分がまさに自分であると考えているその主観が、真に自分自身のものだという根拠はどこにあるだろうか。
この仮説を理に適ったものと見るか、空想の産物と見るかはかなり微妙なところで線引きが難しいものの、錯誤によって固定化されてしまった観念に一石を投じる視点であるのは間違いない。ウイルスが「生命」であるか否かの議論を、終わりのない堂々巡りに陥らせてしまうのを避けるためには、生とは何か、生きているとはいったいどのような状態であるのか、何度でも根底に立ち還って問いなおす必要があるのだ。
ウイルスというモノのふるまいには、様々な方法を用いて存続しようという意図が感じられる。ウイルスが単なる物質であるなら、そうした挙動は観る側の認識上の錯誤であり、意志をもたない物質が機械的に感染と拡散を続けているだけなのだろう。例えば仮に、意志をもった物質を「生命」と呼ぶのだとすれば、意志の有無はどのように判別すればよいのか? 物質が意志をもたないという考えは根拠に乏しく、そもそも「意志」とは何であるのか、明確に定義され尽くしていない。あるいは自己と非自己を区別する認識行為を「生」と呼ぶことにするなら、他者の細胞を自己のものとして用いるウイルスには自己/非自己の境界がなく、ただ漠然と存在し続けているだけのようにも思える。けれども慣性に従い漠然と存続している状態を「生」の欄外に置くと、いったいどれだけのモノやヒトが本当に「生きている」のか、ほとんど分からなくなってしまう・・・・・・。こうして観れば、ウイルスはむしろ「生命」という概念を超えた、安易な定義や認識を拒むどこかしらメタフィジカルな――あるいはそれ以上の、パタフィジカルな――存在なのだと言えるだろう。彼らの営みを深く認識していくことを通して「生命」と「物質」という概念は再構成され、今までに考えられてきた内容とは異なる内容をもつ言葉となるだろうことは、十分に推測できる。
彼らウイルスもやはり、微生物と同じくあらゆる場所、深海のような極限環境にも存在している。彼らの実態はほとんどが未知のものだが、その活動は地球の氣候変動に間接的な影響を及ぼしているのだと云う。或る試算では、海のウイルスすべてをつなぐと銀河系の直径の約一〇〇倍、一〇〇〇光年の長さになる。地球上に存在するすべてのウイルスを一つながりにした距離は、もはや計り知れない。
遺伝子の水平伝播
微生物やウイルスのもつ人知を超えた宇宙的特性は、天文学的な数量や、地球規模の影響を及ぼす働き、その極端な適応能力などにとどまらず、僕たちヒトの日常的な想像力、ユークリッド幾何学的でフラットな常識の範疇を遥かに凌駕している。
「細菌、古細菌、ウイルスは、私たちが情報を交換するように遺伝物質を交換するのだ。しかも微生物同士だけではなく、種の壁を越えて。微生物は原生動物、昆虫、植物、動物に遺伝子を渡す。彼らは人間のようなルールに従わない。〔・・・〕環境という床からじかにDNAを拾い食いする。近年の研究では、細菌が四万三〇〇〇年前のマンモスの骨から、DNA を自分自身のゲノムに取り込んでいることまで発見された。」(『土と内臓』デイビッド・モントゴメリー+アン・ビグレー/片岡夏実訳/築地書館 2016/p. 32.)
単細胞の二分裂によって指数関数的に自己を増殖させる細菌や古細菌は、そのまま分裂を続けるだけでは何世代経っても遺伝子に変化が起こらないことになってしまう。けれども細菌や古細菌、ウイルスは周囲の同類やそれ以外の生き物、さらには環境中にある細胞外のDNAに到るまで、さまざまな方法で外部の遺伝情報を取り込み、自らの遺伝子として利用する能力を持つことが古くから知られていた。このようなかたちで種や生物/非生物の垣根を越え、世代交代を経ずに遺伝子が伝達される現象を〈遺伝子の水平伝播 Horizontal Gene Transfer〉と呼ぶ。微生物やウイルスはその特質によって常時めまぐるしくモザイク状に遺伝物質を交感させ、周囲の環境に存在する遺伝情報すらも書き換えながら、眼に見えないかたちで、眼に見える世界の物事のうごきに深く干渉している、と云う。
細菌や古細菌に〈遺伝子の水平伝播〉がおこる主な経路は、(一)細菌や古細菌が細胞外のDNAを取り込み表現型の変化を起こす「形質転換 Transformation」、(二)細菌/古細菌同士、もしくは細菌と古細菌が性線毛という器官によってつながり直接DNAを授受する「接合 Conjugation」、(三)ファージ(細菌ウイルス)の感染を媒介として細菌・古細菌間でDNAが伝達される「形質導入 Transduction」の三つだと言われてきた。近年ではそれに加え、一部の細菌や古細菌が生成するGTA(Gene Transfer Agent)と呼ばれるウイルス
一九九八年に行われた模擬実験によると、フロリダ州にあるタンパ湾河口の水量を三五六〇億リットルと仮定した場合に、河口内で発生するだろう「形質導入」による〈遺伝子の水平伝播〉の頻度は一年間に一三〇兆(一三×一〇の一三乗)回と見積もられている。 河口内の水一リットル中で、多い場合は一日あたり一〇〇回程の「形質導入」が発生している可能性があるという試算だ(Jiang and Paul, 1998)。この数値はファージの媒介によって起こる「形質導入」のみを調べて見積もった結果のため、その他の伝播様式も含めるとさらに多くの〈水平伝播〉が生じているだろうことが推測される。
地球上に存在する水の総量はおおよそ一四億立方キロメートル、海水だけでも約一三億五〇〇〇万立方キロメートル(一三五×一〇の一八乗リットル)あるのではないかと云われていて、ここで仮に、一リットルの海水中で一日一〇〇回程度の〈水平伝播〉が生じている可能性があると考えた場合、一日に起こりうる〈水平伝播〉は海の中だけでも一三五×一〇の二〇乗という莫大な回数になる見込みだ。海の中では想像を超えた速度(毎秒約一五〇〇万回)で遺伝情報の移動と変異が起こっている可能性があり、絶えることなく遺伝子を水平伝播させてモザイク状の相互情報伝達ネットワークを描きつづける微生物とウイルスの姿は、まさに「情報の海」と呼ぶにふさわしい。もちろん〈遺伝子の水平伝播〉は海中のみならず地球上のあらゆる環境で生じているため、彼らのかたちづくる情報の海はどこまでも広がり、宇宙の果てまでつながっているだろうことは、空想科学に過ぎないと思われるかもしれないが、非科学的と断定することの方が僕にはむしろ難しく思える。僕たちヒトの日常的な認識の幅をはるかに超えて存在する彼らは、いったい何者なのだろうか?
遺伝情報の坩堝
感染症ウイルスの流行にともなう変異株の急増にその顕著な例が見てとれるように、微生物やウイルスと呼ばれているモノたちは本質的に定型をもたない。彼らは、個体としても種としても遺伝的に固定されているとは明言し難いほどの、想像を超えた変異のなかを生きている。彼らの実態を正確に認識するには、多くの馴染み深い観念を捨て、自らの眼で世界を直視しなおす必要があるだろう。
「微生物の世界は、遺伝物質の激流から〔※ゲノムを〕少しずつ取り込んでいると考えれば、孤立した遺伝子の水たまりのようなものがあるという観念は崩壊する。それどころか、ある推定では、名前が付いている細菌種に見られる遺伝子の中で、その種の成員すべてに特徴的に存在するものは、四〇パーセントにすぎないとされる。残りの六〇パーセントの遺伝子はと言えば、別の種の中にさまざまな形で存在したり、失われていたりする。
さらに奇妙なのは、細菌のDNAを見れば見るほど、種という概念が疑わしくなることだ。細菌の遺伝子は、私たちや私たちになじみの動植物とは違い、食物源や敵のような環境が変わると変化することがある。」(『土と内臓』 p. 68.)
僕たちヒトの腸内に棲み、身のまわりの環境にも生息する代表的な細菌として知られる大腸菌(Escherichia coli)という種は、その構成員とされる細菌群すべてに共通の遺伝子は全体の二〇%ほどで、残りの約八〇%は永い歴史のなかで〈遺伝子の水平伝播〉によって外部から取り込まれたものではないかと推測されている(Dagen et al., 2008)。細胞や個体、種、あるいは生物/死物という多くの壁を越えて遺伝情報が伝達される〈遺伝子の水平伝播〉は、その性質上、細胞核のない原核生物である細菌と古細菌において顕著に発生するものとみなされているが、近年の研究によれば、細胞核をもつ真核生物に分類される微生物(原生生物と藻類、菌類)においても、平均すると全遺伝子の約一%ほどが水平伝播の影響を受けているのだと云う。
こうした〈遺伝子の水平伝播〉は必ずしも微生物やウイルスに特有のものではなく、生物のあらゆるドメイン(分類上の領域)において発生する普遍的な現象であるとも云われる。ただし、ほとんどの伝播はごく一時的なもので、次の世代に遺伝する可能性は低く、例えば、多細胞生物の体細胞組織に外部の遺伝情報が伝播したとしても、その影響はおそらく一代限りで失われるだろうし、あるいはそれが生殖細胞系列に組み込まれたり、単細胞生物によって獲得されたとしても、自然淘汰やそれ以外の遺伝的浮動(統計的な偶然)によって除外されるため、集団内での固定は起こらないだろうと推測されている(Van Etten and Bhattacharya, 2020)が、かつては遺伝しないと断言されていた後天的な学習行動が四代先まで遺伝する可能性が示されつつあることを加味して考えるなら、多分に断定的な予測はおおよそ裏切られるものと心得ておくのが良い。
〔続きは推敲中です〕
参考文献|References
『生物界をつくった微生物』ニコラス・マネー/小川真訳/築地書館 2015
「火星、パンスペルミア、そして生命の起源――すべてはどこで始まったのか?」ジョセフ・カーシュヴィンク/磯﨑行雄訳/『地学雑誌 112巻2号』/東京地学協会 2003
『バルバラ異界1~4』萩尾望都/小学館 2002-2005
「ウイルスの世界に生きる人間」山内一也/『現代思想 vol.44-11 微生物の世界』/青土社 2016
『土と内臓』デイビッド・モントゴメリー+アン・ビグレー/片岡夏実訳/築地書館 2016
「微生物生態系における細菌の遺伝子水平伝播現象」松井一彰/『原生動物学雑誌 48』/日本原生生物学会 2015
『ペンギン・ハイウェイ』森見登美彦/角川書店 2010
『腸科学』ジャスティン・ソネンバーグ+エリカ・ソネンバーグ/鍛原多惠子訳/早川書房 2016
『ジーキル博士とハイド氏』R・L・スティーヴンソン/佐々木直次郎訳/新潮文庫 1950
『あなたの体は9割が細菌』アランナ・コリン/矢野真千子訳/河出書房新社 2016
「狼疾記」中島敦/『山月記・李陵 他9篇』/岩波文庫 1994
「光と風と夢」中島敦/『昭和文学全集 第7巻』/小学館 1989
『時間と自由』アンリ=ルイ・ベルクソン/平井啓之訳/白水社 1975
Kawaguchi et al. "DNA Damage and Survival Time Course of Deinococcal Cell Pellets During 3 Years of Exposure to Outer Space." Frontiers in Microbiology, 2020.
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Matsui, Kazuaki. "Horizontal gene transfer in microbial ecosystem." J. Protozool Vol. 48, No. 1, 2. 2015.
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Van Etten and Bhattacharya. "Horizontal Gene Transfer in Eukaryotes: Not if, but How Much?" Cell Press, 2020.
Bergson, Henri-Louis. “L' Essai sur les données immédiates de la conscience.” Alcan, 1908 (6eme édition).