『余白のための輪廻する音樂』(歌集版)


目次

 生の余白
 血のなかの土
 みたまものがたり
 あらの
 祀られる夏
 秋の野の鬼
 冬は鳥の
 輪廻する春

 

 

 

 

水遊ぶ
るてんるてんと
跳ねころび
居に、聽きに

ひとりで

 

 

  生の余白

 


糸手繰りどこまでもゆくその糸がたゆまぬやうに飛ぶ鳥がゐる

 

今からのすべて一分一秒を見知らぬ君は記憶喪失

 

どこまでが皮か知らない盲目の子が玉葱を最後まで剥く

 

見覺えてきた唇をひとつずつ眞似しつづけるおし傳言でんごん

 

しぐさからたちばなの花咲く君の飮みかけの水甘く匂へば

 

コップ持つふいの渇きは身のうちの三分の一 海の搖らぐ

 

開かれた窓邊あるいは三月の花のみの木々が彼女の流儀

 

月面に降り立つやうに指先で臍から下の肌、觸れてみる

 

海よりもじっとしてゐる 眠るまで背中にあてた手に深呼吸

 

おやすみとわたしがわたしに言ふ夜の林檎はまるく床をころがる

 

ことことと水炊き鍋の鳴るやうな眼つきで何も言はぬおとうと

 

てのひらにときのひとひら感じつつさくらとどめる冬の一日

 

道しるべ 三歩の先のまた三歩 雨傘のある夜道はやさし

 

胸を病みブルージーンに染み着いた無色水性の具の時間

 

四辻にて目印歩く 人の子の姿を借りてわれを忘れて

 

咲いた花どうしていいかわからずにもって出歩き 海を眺める

 

ふいに陽の光がかげりつかのまの汗のぬくみにまかす身もまた

 

衣ずれの音かと思ひ振り返りひとり波見る夏の海岸

 

缶の中 夏の海ありつながりてわれをもつなぐ目の痛むまで

 

忘れたと氣づきふとしてとめた手に割れる中身のない落花生

 


  血のなかの土

 


火の中にひとり殘され生まれくる魂以後の土器よ。赤子よ。

 

あこがれて灯すあかりにきみを知りゆらぐ存在以前の獸

 

八月の花の種あり はてしなき血のなかの土に夏が根をはる

 

さけぶとき木々いっぱいにひびきゆく大きなこころそのものの森

 

われの血に荒く繁れやわが子らの遊びゆく日のための草むら

 

乳いろにすゐのしたたるやまをふかみしづみこみたきみづうみはある

 

せみしぐれ降る夏ここに――とめどなくめぐり去りゆくもののふるさと

 

ゆふぞらにおしつぶされたくれなゐの土の鼓動に、からだかさねて

 

翳りゆく人の背中のぬくもりに觸れながら暮れるみちに佇む

 

冬の火が土くれを燒く。くろぐろと波立つ夜の山の中にて

 

かぐはしく土薰る冬のいのちあり。深山みやまの森をかもすかむたち

 

ともし火のひとつを灯す。山の上夕暮れ深くひびくからだに

 

うたかたが涌き起こる音。ふつふつと、まだ寒い朝の道におぼえる

 

土ふかく死につつねむるまじなひの土器の火群ほむらにうちなびく春

 

音も色も、ひかりをうけて匂ひ立つ綠に深く沁みゆくこゑは

 

一群ひとむらの菜の花の色染みとほる雨のしづくにひびく羽ばたき

 

くらやみに燒きつけられたものがあり、目蓋の裏にいまも花咲く

 

こころ弱く、ひかり色濃くこの道はあざやかに影を落とす森へと

 

泥川の流れをふかみくるほしく渦卷きながら、あふれだすもの

 

舞ひあがる火の子のやうに泣いてゐたこゑをからだのなかにとどめて

 


  みたまものがたり

 


さむざむとみたまふるへりいづこかにしづまりやまぬ鳥の群れあり

 

とむらひのことばはもたず 地にした植物は日々をこめて枯れゆく

 

まさびしくからすがあさを吿げきたるこゑの途切れて色、靜かなり

 

をひとつなして枯れたる赤茄子アカナスのわかき實ひとつ 熟れてゆく赤

 

わかき日の記憶にあへぐうつしみのしし堅くまる夏の立像

 

ゆふなみはさらひていけり ひとひとりここにたちし、と語る眞砂まさご

 

幾億のひかりみちくるまなうらのをぐらきやみをひらき見し夏

 

ヒコーキを畏れてありし少年のわれに夕日が野を燒き盡くす

 

遊ぶ鳥みまもる人の身を燒いて空へとゆらぎやまぬ火が

 

死にたりしもののほしと訪ね來し男ありき、と蝉鳴きしきる。

 

旅人のからだに木々の問ひかくることばはひかり浴びて翳もつ

 

をどりつつなみ立つ山の澄むみづに沁みわたる色ふかき熊野や

 

蹈みあゆむ野べのあやふさやはき肉いとやはらかに(死とも)遊びてありしも

 

なにゆゑに逃げまどひしか――ゆふぐれにれゐしモノの色 思ひいづ

 

生あるは怒りの如く猛々し夜風にほむらあがる秋山

 

繩荒く縛られ、あはれ我の中にでいだらぼふし、生きてゐるなり。

 

うすやみにひとつのいのちおりまげて黄金色の朝を迎へる

 

かみの血にもろ手燒かれつ森々しんしんと雪降りわたるははが國見ゆ

 

血をわかち人皆生きてある色のにほへば かなし。耶蘇誕生會やそたんじゃうゑ

 

畏れつついくみち白しうつしみのかへるすべなき日々のとこしへ

 

ひさかたのあめつちのあや艸々くさぐさあや身にうけてねむる母はも

 

地底よりそそりたつ王 たらちねの母が根ゆ太くひらき子は成る

 

つちはだを抱きしめてなほあまりある恨みもつが野は綠なり

 

さくら咲くしろきほむらにたへだへと亡き世のこひの散りがたく燃ゆ

 

いにしへにきたりしみちの波の間になほあかき日の見れど飽かぬかも

 

たち籠めて花薰るほど夕まぐれ暮るればふるる春のつめたさ

 

いくたびも萠えたつあをきともがらのをわかちてかを慈しむ

 

さみだれのあままいとしも。たまのをの絶ゆることなき野の靑みゆく

 

かつてわが抱きていねしものありきあをきことだま寄せて――この地球ほし

 

くるしみのかたちからきながらあるべきすがたひらく鳥見ゆ

 


  あらの

 


たましひをわかちたる野に文色あいろなく黑き雨ふる日々の苦しゑ

 

身のうちの神かもしれぬものらさはになに物語るこゑか この雨

 

君が代は千代に八千代に――苦しみをもたらしやまぬモノを生みにき

 

「私は、人間というものはさまざまの互いに調和しない独立の住民からなる単なる一団体として結局は知られるようになるだろう、ということを思い切って予言しておこう。」『ジーキル博士とハイド氏』R・L・スティーヴンソン/佐々木直次郎訳

 

花の色にあけはなたれし方丈の祈りはたれか、うちに病む

 

菌たちが神である その悲しみを集めて作る抗生物質

 

「微生物群集は自然の全体構想を――そして私たちの自分本位な生活を――動かしており、その目に見えない影響下にわれわれの現実があることを、今や受け入れるときなのだ。」『土と内臓』D・モントゴメリー+A・ビグレー/片岡夏実訳

 

身をぬすみ荒ぶる神ら言向けて想ふ たしかな自分われの在るゆゑ

 

かなしみの塊としてぬばたまの雪降る夜をゴジラゆく視ゆ

 

ひさかたのヒカリ、ヒカリといふこゑに怒り語りき被爆者の孫

 

放射性廢棄物とし嚴重に管理されたる春の野がある

 

跡形もなくなるまでの意味を深く示す 蚯蚓ミミズと蟻の曼陀羅

 

掛け卷くも畏きへみの澄みとほる眼にも悲しき何かある見つ

 

牛も人も、ほふらるるまで籠められて街角甘く薰るもの

 

土葬する墓場の橫の新築で刃物研ぎぐミノタウロスは

 

理にかなふ食餌――はらから生け贄をもとめるものと對話たいわする日の

 

傀儡くぐつからひとりのヒトがたちあがるすがた見てゐし君の傀儡師

 

僞りとまことをわかつ 朝靄あさもやの市場にはどれも甘き林檎が

 

永遠解く力に寄せて

 

えーえんと口づけをするその噓はただちに生の意味を蝕む

 

朝露のくさぐさに日々にほひたつ乳酸菌そく觀世音菩薩

 

「人間と話す間の一時イットキは、おれたちの世界の百年だ」『神の嫁』折口信夫

 

幾刧いくごうたるくさびらおのづから神なるゆゑの常 いとけな

 

母ひとり野にでて見しはひさかたの陽射しにつゆも罪のなき子ら

 

野を産めよ すべての君に宿る貴子きみ 名にし幸比賣さちひめ 名にし幸比古さちひこ

 

陸上の8% 氣がつけばそれはあらゆる片隅に待つ

 

島々の神々の子のそのすゑのわたしは子らの祖國、そのもの。

 

赤間神宮に安德帝の靈を詣でて詠める歌二首

 

沈みゆく御姿しるし――みなぞこにいまもいますかかなし子きみは

 

わたつみの底のみやこも汚されて何處いづこいくべき愛し子きみは

 

三月一一日の想ひに依りて詠める歌一首ならびに短歌

 

濱千鳥 騷ぐ濱邊に 浪のの 響くこの春 ひさかたの 光翳なす 心ゆか さまよひぬるは 嘆きも いまだ過ぎず おもひも いまだきぬと 鳥のこゑ 響くわが身は いまもなほ 浪に揉まれて 母の名を おらぶ子を見つ 君が名を われは知らねど 荒浪の 響くわが身を 君が呼ぶ 母とうつして 浪のに 響くこゑ聽く 母もなほ 浪に揉まれて 君が名を おらび祈れば 高浪の 響くわが身は 絶え間なく 母を呼ぶ君 千鳥く海

 反歌

ひらかれえぬ海の波音――たえまなき悲しみ、祈り、原子崩壞

 


  祀られる夏

 


野を染めて深まる靑のあざやかな痛み身に享け、夏となりゆく。

 

うらびしまなこき一夏の光色めきわたる花咲く

 

百日紅さるすべり咲けりことしもわが胸に永く翳さすあかきくちびる

 

この花のわれをほしみあればかも婀娜あだめきて咲く姿、

 

初夏はつなつのものみな甘く匂ひたつあしたに黑き蝶とくるめく

 

ひぐらしのこゑのしづけさ――ひそかなる想ひたしかに響く夏來ぬ

 

くらくらといのちをどれる炎熱の祝祭まつりにわれも祀られて立つ

 

靑空の高き果てよりあかあかと照らされ、燒かれ、白き土膚つちはだ

 

木の下の黑々とした翳となる願ひ持ち野をうつむきて過ぐ

 

いと優に、をどるをとめご――瞬間に死にゆくものの力もつ肉

 

なるかみのとよもす夏の夕暮れになにあばかれてこゑもなくある

 

なつのあめふるは荒けくなまなまとほむらだつ花はたき地に敷く

 

花花のこひや 私はいくたびもものごころ憑くあざやかな森

 

こぼたれて朽ちはてられてなほわれにありたたす影祀りてやまずも

 

夏草の高き川原にひっそりとつばめとびかふあの世、この世の

 

天ノ河太きやみよのゆめのまに白き血のなみいくたびかたつ

 

苦瓜の熟れはてにけるあまりにもあらはに赤くぜしみのうち

 

眞夜中の向日葵暗し 種子あまたみのりて重くかうべたれたり

 

まゐる墓もたず過ぎゆくいく夏か血より濃く咲く曼珠沙華まんじゅしゃげ待つ

 

たましひがとけあふ夜の月光つきかげの滿ちたりてまた欠けてゆくかも

 


  秋の野の鬼

 


眞晝間まひるま の車窓に搖るる老いびとの幾人いくたりかかつて人を殺しき

 

ひてゆけばいつしか逐はれたるわれもひとりの秋の野の鬼

 

照りまどふ秋の陽の色――まだあをき野に花すすきたちてゆれゐる

 

草一本はえぬ學舍の校庭に夜ごと群れ咲く曼珠沙華摘む

 

わたくしがそのまま修羅である夜のいのちを抱き秋深みゆく

 

レノン忌の冬近みかも。めつむりて聽きしのみなる鳩の鳴く家

 

みちのくの信夫しのぶの山に葉隱はごもれる想ひ色づく秋は來にけり

 

あやまちをみたびくりかへさぬことを祈りて雨の安藝あきの野を

 

かなしみのしみみにひびく身を寄せてへばか山のにほひそめにし

 

あかあかといのち燒く火のみえぬ火の子らの遊べる野原燒く視ゆ

 

花のいろ花のかたちのそれぞれに示されてあるかなしみ、われも。

 

うらみ、わび、なほもきよらにおほき樹をいつく乙女の こひもするかも

 

たたなつく山や山はは まはだかのわれをもいだ火群ほむらなしゆく

 

いにしへの山路さぶしも。人麻呂が妻喚ぶこゑのとはに聽こゆる

 

過ぎし日に來たる世を見つ――ありありと色づく秋の山となるかも

 

高千穗の山のまほらの日のかげの幾世もわれにあらたなる朝

 

咲きみちてさみしささる秋櫻コスモスの花・ばなゆるる原に首都見つ

 

神樂舞ふ われにみちくるとうめいな母と子らとをむすぶ臍の緖

 

亡き人のつくり遺せしまはだかのうつわにわれもみたされてゆく

 

たましひがゆふぐれてゆく感覺の果てにありけり。黄泉比良坂ヨモツヒラサカ

 


  冬は鳥の

 


とぼとぼと歩き來たりき。冬の樹の一本、空に高く立つまで

 

地にあかくもみぢ葉のちる 樂園を夢みてやまぬものら居る森

 

木枯らしに逞しきもの――櫻木さくらぎの枝に怪しく身をふるはせる

 

冬を待たず死にゆくもののすべて死に野に遺兒ゐじめきてわれらあるなり

 

このつちのいのちこひ 火がいまだいのりでありし日の如く

 

なに孕む胸底むなどやもとな。冬の戸もさで鬼想ものもひ 燃ゆるをとめご

 

かなしみを云ふ時ひかりしづまりぬ。眼に痛く赫き花の はだへ

 

寒椿照りはゆる葉のたしかさに想ひは花と咲きて地に降る

 

蹈む土の匂ひたつ山もみぢ葉の朽ち葉にいのち萠ゆる子らはも

 

ひとつひとつたしかめてゆく指さきのあなたがふれた冬の空鳴る

 

空につるものもとむらむ。冬枯れの樹々は諸手をのばしたまへり

 

戦闘機、かと思ひきや、一群いちぐんの鴨がましろき冬空を

 

たましひの鳥のむら立ち鳥かごのわが身かなしくひらかれてある

 

白鷺の二羽のち舞ふ朝のましろきものやわれを訪ひ

 

いまはまだ名を知らぬ樹が宿す火をもとめて冬は山に蹈み入る

 

いにしへをへばひびかふ斑鳩いかるがのしろきあしたのこゑが戀ひしさ

 

冬は鳥の季節なること想ひ到りひそかにわれも今を羽ぐくむ

 

繭隱まよごもる白菜 しきものなにかゐますか 君も、春を待つ永遠とは

 

奧山にむぎ蒔きしのち金色こんじきあしたをしろき雪の野に

 

山みづが凍りつく日に水を汲む朝のひかりの先にゐた君

 

ひとびとがおのおのとして在る春を訪ねて薄き氷蹈みゆく

 


  輪廻する春

 


春來ぬときみが言ふときそれぞれに芽吹くからだの奧の野に立つ

 

花薰る乙女ありけり。この道を今はなきひと過ぎてゆく春

 

相聞さうもんの初めは 二月某日(雨)狂ほしく鳴く水邊が恐い

 

うまれざる子らも聽きゐむ諍ひのこゑごゑ重き春の夜の闇

 

嘘つきのつひ棲處すみかかゆふまぐれまどろむ稚兒ちごの死後のいめぬち

 

うぐいすがおきろおきろと呼ぶこゑに花と目覺めて空、仰ぎ見る

 

春はなほ色あたらしく、幾重にもわが身野に降る日々の花ばな

 

生と死を分かつ岩戸のいちしろき花なればぬべく思ほゆ

 

記念日を重ねていつか消えはてた多重露光のネガはくらやみ

 

土ふかく失せてまた逢ふ千振センブリの春の二度目を思ひしるべし

 

いくたびも若菜摘みゆくはじまりのことばを靑き野らに染めつつ

 

人參の種子たねかぐはしく我がうちに目覺めき 無血革命のすべ

 

つらつらに語れどもなほ語りあへぬ姿そのまま咲く すひかづら

 

靜けさをもとめて歌ふ 胸のうちの余白に雫しみわたるまで

 

澄みわたる空の蒼さをたれかひとり想ひ初めにし、いにしへもわれ

 

自滅する絶滅危惧種指定ずみニホンオホカミヲトコ化の夢

 

くらやみの靑野あをの蹈みゆくししの子の身にむあまき草の香ぞする

 

どくをまかぬひとの夢みるアナグマの魔法――少女は夢見てゐますか

 

追ふものも追はれるものもあはれなり。若菜まぶしき滅びゆく村

 

かなしみをわかちあひたるまみどりの草木のいろのあざやかさ見つ

 

たまゆらに山女アケビ花咲くはかなさの籠もりて朱くゆる日は來る

 

もういーかい 風の子たちが集まって君が生まれる朝まだですか

 

花の影蹈みゆけば空、靑かりき。にほひたつまであかき頬見ゆ

 

五月から最後の宇宙 雛鳥が叩く卵のなかにある夏

 

大瑠璃のこゑ ただ靑く、澄みとほる息吹きを今もわれは忘れず

 

名づけられ流れゆく川きみが名を呼べばいのちの水の音たつ

 

 

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