『余白のための輪廻する音樂』(歌集版)
目次
生の余白
血のなかの土
みたまものがたり
あらの
祀られる夏
秋の野の鬼
冬は鳥の
輪廻する春
*
水遊ぶ
るてんるてんと
跳ねころび
居に
ひとりで
生の余白
糸手繰りどこまでもゆくその糸がたゆまぬやうに飛ぶ鳥がゐる
今からのすべて一分一秒を見知らぬ君は記憶喪失
どこまでが皮か知らない盲目の子が玉葱を最後まで剥く
見覺えてきた唇をひとつずつ眞似しつづける
しぐさからたちばなの花咲く君の飮みかけの水甘く匂へば
コップ持つふいの渇きは身のうちの三分の一 海の搖らぐ
開かれた窓邊あるいは三月の花のみの木々が彼女の流儀
月面に降り立つやうに指先で臍から下の肌、觸れてみる
海よりもじっとしてゐる 眠るまで背中にあてた手に深呼吸
おやすみとわたしがわたしに言ふ夜の林檎はまるく床を
ことことと水炊き鍋の鳴るやうな眼つきで何も言はぬおとうと
てのひらにときのひとひら感じつつ
道しるべ 三歩の先のまた三歩 雨傘のある夜道はやさし
胸を病みブルージーンに染み着いた無色水性
四辻にて目印歩く 人の子の姿を借りてわれを忘れて
咲いた花どうしていいかわからずにもって出歩き 海を眺める
ふいに陽の光が
衣ずれの音かと思ひ振り返りひとり波見る夏の海岸
缶の中 夏の海ありつながりてわれをもつなぐ目の痛むまで
忘れたと氣づきふとしてとめた手に割れる中身のない落花生
血のなかの土
火の中にひとり殘され生まれくる魂以後の土器よ。赤子よ。
あこがれて灯すあかりにきみを知りゆらぐ存在以前の獸
八月の花の種あり はてしなき血のなかの土に夏が根をはる
さけぶとき木々いっぱいにひびきゆく大きなこころそのものの森
われの血に荒く繁れやわが子らの遊びゆく日のための草
乳いろに
せみしぐれ降る夏ここに――とめどなくめぐり去りゆくもののふるさと
ゆふぞらにおしつぶされたくれなゐの土の鼓動に、からだかさねて
翳りゆく人の背中のぬくもりに觸れながら暮れるみちに佇む
冬の火が土くれを燒く。くろぐろと波立つ夜の山の中にて
かぐはしく土薰る冬のいのちあり。
ともし火のひとつを灯す。山の上夕暮れ深くひびくからだに
うたかたが涌き起こる音。ふつふつと、まだ寒い朝の道におぼえる
土ふかく死につつ
音も色も、ひかりをうけて匂ひ立つ綠に深く沁みゆくこゑは
くらやみに燒きつけられたものがあり、目蓋の裏にいまも花咲く
こころ弱く、ひかり色濃くこの道はあざやかに影を落とす森へと
泥川の流れをふかみくるほしく渦卷きながら、あふれだすもの
舞ひあがる火の子のやうに泣いてゐたこゑをからだのなかにとどめて
みたまものがたり
さむざむとみたまふるへりいづこかにしづまりやまぬ鳥の群れあり
とむらひのことばはもたず 地に
まさびしくからすがあさを吿げ
わかき日の記憶にあへぐうつしみの
ゆふなみはさらひていけり ひとひとりここにたちし、と語る
幾億のひかりみちくるまなうらのをぐらきやみをひらき見し夏
ヒコーキを畏れてありし少年のわれに夕日が野を燒き盡くす
遊ぶ鳥みまもる人の身を燒いて空へとゆらぎやまぬ火が
死にたりしものの
旅人のからだに木々の問ひかくることばはひかり浴びて翳もつ
をどりつつなみ立つ山の澄むみづに沁みわたる色ふかき熊野や
蹈みあゆむ野べのあやふさやはき肉いとやはらかに(死とも)遊びてありしも
なにゆゑに逃げまどひしか――ゆふぐれに
生あるは怒りの如く猛々し夜風にほむらあがる秋山
繩荒く縛られ、あはれ我の中にでいだらぼふし、生きてゐるなり。
うすやみにひとつのいのちおりまげて黄金色の朝を迎へる
かみの血にもろ手燒かれつ
血をわかち人皆生きてある色のにほへば
畏れつついくみち白しうつしみの
ひさかたのあめつちのあや
地底よりそそりたつ王 たらちねの母が根ゆ太く
つち
さくら咲くしろきほむらにたへだへと亡き世の
いにしへに
たち籠めて花薰るほど夕まぐれ暮るればふるる春のつめたさ
いくたびも萠えたつあをきともがらの
さみだれのあまま
かつてわが抱きて
くるしみのかたちから
あらの
たましひをわかちたる野に
身の
君が代は千代に八千代に――苦しみを
「私は、人間というものはさまざまの互いに調和しない独立の住民からなる単なる一団体として結局は知られるようになるだろう、ということを思い切って予言しておこう。」『ジーキル博士とハイド氏』R・L・スティーヴンソン/佐々木直次郎訳
花の色にあけはなたれし方丈の祈りは
菌たちが神である その悲しみを集めて作る抗生物質
「微生物群集は自然の全体構想を――そして私たちの自分本位な生活を――動かしており、その目に見えない影響下にわれわれの現実があることを、今や受け入れるときなのだ。」『土と内臓』D・モントゴメリー+A・ビグレー/片岡夏実訳
身を
かなしみの塊としてぬばたまの雪降る夜をゴジラゆく視ゆ
ひさかたのヒカリ、ヒカリといふ
放射性廢棄物とし嚴重に管理されたる春の野がある
跡形もなくなるまでの意味を深く示す
掛け卷くも畏き
牛も人も、
土葬する墓場の橫の新築で刃物研ぎ
理に
僞りと
永遠解く力に寄せて
えーえんと口づけをするその噓はただちに生の意味を蝕む
朝露の
「人間と話す間の
一時 は、おれたちの世界の百年だ」『神の嫁』折口信夫
母ひとり野にでて見しはひさかたの陽射しにつゆも罪のなき子ら
野を産めよ すべての君に宿る
陸上の8% 氣がつけばそれはあらゆる片隅に待つ
島々の神々の子のその
赤間神宮に安德帝の靈を詣でて詠める歌二首
沈みゆく御姿しるし――みなぞこにいまも
わたつみの底のみやこも汚されて
三月一一日の想ひに依りて詠める歌一首ならびに短歌
濱千鳥 騷ぐ濱邊に 浪の
反歌
ひらかれえぬ海の波音――たえまなき悲しみ、祈り、原子崩壞
祀られる夏
野を染めて深まる靑のあざやかな痛み身に享け、夏となりゆく。
うら
この花のわれを
ひぐらしの
くらくらといのちをどれる炎熱の
靑空の高き果てよりあかあかと照らされ、燒かれ、白き
木の下の黑々とした翳となる願ひ持ち野をうつむきて過ぐ
いと優に、をどるをとめご――瞬間に死にゆくものの力もつ肉
なるかみのとよもす夏の夕暮れになにあばかれてこゑもなくある
なつのあめふるは荒けくなまなまとほむらだつ花
花花の
こぼたれて朽ちはてられてなほわれにありたたす影祀りてやまずも
夏草の高き川原にひっそりとつばめとびかふあの世、この世の
天ノ河太きやみよのゆめのまに白き血のなみいくたびかたつ
苦瓜の熟れはてにけるあまりにもあらはに赤く
眞夜中の向日葵暗し 種子あまたみのりて重く
まゐる墓もたず過ぎゆく
たましひがとけあふ夜の
秋の野の鬼
鬼
照り
草一本はえぬ學舍の校庭に夜ごと群れ咲く曼珠沙華摘む
わたくしがそのまま修羅である夜のいのちを抱き秋深みゆく
レノン忌の冬近みかも。めつむりて聽きしのみなる鳩の鳴く家
みちのくの
あやまちをみたびくりかへさぬことを祈りて雨の
かなしみのしみみにひびく身を寄せて
あかあかといのち燒く火のみえぬ火の子らの遊べる野原燒く視ゆ
花のいろ花のかたちのそれぞれに示されてあるかなしみ、われも。
うらみ、わび、なほもきよらに
たたなつく山や山
いにしへの山路
過ぎし日に來たる世を見つ――ありありと色づく秋の山となるかも
高千穗の山のまほらの日の
咲きみちてさみしさ
神樂舞ふ
亡き人のつくり遺せしまはだかのうつわにわれもみたされてゆく
たましひがゆふぐれてゆく感覺の果てにありけり。
冬は鳥の
とぼとぼと歩き來たりき。冬の樹の一本、空に高く立つまで
地にあかくもみぢ葉のちる 樂園を夢みてやまぬものら居る森
木枯らしに逞しきもの――
冬を待たず死にゆくもののすべて死に野に
このつちのいのち
なに孕む
かなしみを云ふ時ひかりしづまりぬ。眼に痛く赫き花の
寒椿照りはゆる葉のたしかさに想ひは花と咲きて地に降る
蹈む土の匂ひたつ山もみぢ葉の朽ち葉にいのち萠ゆる子らはも
ひとつひとつたしかめてゆく指さきのあなたがふれた冬の空鳴る
空に
戦闘機、かと思ひきや、
たましひの鳥の
白鷺の二羽の
いまはまだ名を知らぬ樹が宿す火をもとめて冬は山に蹈み入る
いにしへを
冬は鳥の季節なること想ひ到りひそかにわれも今を羽ぐくむ
奧山に
山みづが凍りつく日に水を汲む朝のひかりの先にゐた君
ひとびとがおのおのとして在る春を訪ねて薄き氷蹈みゆく
輪廻する春
春來ぬときみが言ふときそれぞれに芽吹くからだの奧の野に立つ
花薰る乙女ありけり。この道を今はなきひと過ぎてゆく春
うまれざる子らも聽きゐむ諍ひの
嘘つきの
うぐいすがおきろおきろと呼ぶこゑに花と目覺めて空、仰ぎ見る
春はなほ色あたらしく、幾重にもわが身野に降る日々の花ばな
生と死を分かつ岩戸のいちしろき花なれば
記念日を重ねていつか消えはてた多重露光のネガはくらやみ
土ふかく失せてまた逢ふ
いくたびも若菜摘みゆくはじまりのことばを靑き野らに染めつつ
人參の
つらつらに語れどもなほ語りあへぬ姿その
靜けさをもとめて歌ふ 胸のうちの余白に雫しみわたるまで
澄みわたる空の蒼さを
自滅する絶滅危惧種指定
くらやみの
どくをまかぬひとの夢みるアナグマの魔法――少女は夢見てゐますか
追ふものも追はれるものもあはれなり。若菜まぶしき滅びゆく村
たまゆらに
もういーかい 風の子たちが集まって君が生まれる朝まだですか
花の影蹈みゆけば空、靑かりき。にほひたつまであかき頬見ゆ
五月から最後の宇宙 雛鳥が叩く卵のなかにある夏
大瑠璃の
名づけられ流れゆく川きみが名を呼べばいのちの水の音たつ